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2013/07/10

公的な保護シェルターの実現を夢見て。。。

by:おかめ

このところ、犬や猫の収容を求める相談が相次いでいます。

愛護センターでは、3日や1週間の期間がすぎるとすぐに処分されてしまうことが広まっているために、保護した犬猫をすぐにセンターに送ることはせずに何とか生かそうと願う方が多いためでしょう。

生かすための一時的な収容場所があれば。

そう誰もが思いますよね。

何とかしてほしい、と涙ながらに訴えられ、こちらが引き取らなければセンターに送るぞ、あるいは弱って死んでしまう、どうするの?と脅しのように訴えられます。

ときには行政の方からもこうした要望があるのです。

行政の職員さんも助けたいに違いありません。

でも、ご自身で預かることができないからと、電話がくるのです。

往々にして懇願めいた長い電話です。

私たちもいくらでも助けてあげたい。

でも、収容場所を提供するだけでは終わらないのです。

一番の問題は人手です。

助けたい人から「助けて」と電話やメールがくるたびに思うのは、「だれかに助けさせたい」人が多く、「自分で助ける」人は少数だということです。

助けるということは、動物を保護して預かることです。

毎日お世話をし、慣らしをしたり、病院に運んだり、お金を出したり、譲渡先を探したり、まさに終わりのない忍耐の日々が待っています。

動物の世話には経験も知識も体力も必要です。失敗したときにすぐ立ち直る精神的強さも求められます。

たくさんの人が集まるシェルターでは、人間関係にも強くなければやっていけません。

ほんとうにあらゆる意味で大変な仕事なのです。

譲渡ができなければ自宅の犬猫として飼うことも覚悟しなければなりません。

シェルターも、運営はいろいろな意味で厳しさがあります。

頼まれるだけ収容していけば、頭数は増えていきます。

動物が多いがゆえに仕事量が増え、シェルターワークも体力的にきついものとなり、ボランティアさんの意欲が低下して、やめていく人が出てきます。

もっと頭数の少ない楽なシェルターに流れていくという現象も起こります。

残された数少ないボランティアさんに負担がのしかかります。

そうしたキーパーソンがもし過労や病気で倒れたとしても、その動物を数頭ずつでも引き取り面倒をみてくれる人たちがいるとは限りません。

責任者が死んだら全頭安楽死しなければならないケースもある。

私の入っている福島の犬多頭飼育崩壊現場も、もともとはある独身女性の始めた保護シェルターだったのです。自分の行く末をみるような気がして仕方ありません。

全国的にボランティアさんの高齢化がすすんでいます。

ボランティアさんはだいたい多頭保護をしていますので、死後に残された動物をどうするかの問題があります。

ですから、預かる側にも、先までをみこして、その動物1頭1頭の命を預かっていく責任が生じるのです。

依頼者さんは、きちんと継続して世話に通ってくれるのだろうか、病院搬送に車を出してくれるのか、譲渡まで責任をもってくれるのか、お世話のときにご自分の保護した動物とほかの人の保護した動物を平等に可愛がってくれるかどうか。

途中まで頑張って下さっていても、何かを契機に一切放棄する、というケースが結構あります。

ちょっとした人間関係のせいだったり、誤解だったり、もともと持っているこうしたボランティア活動全般への不信だったり。

「預けるときには他力本願で、あとは丸投げ知らんぷり」という方が一般には多く、それはボランティア同士でも同じ。

ボランティアさんは情が深いので、何とか助けようと無理を重ねて、結局は同じボランティアさんに寄りかかることになる。

せっかくの仲間同士、保護の現場でトラブルが生じないよう、私たちも会として決まりを定めて、何とか長く続くように努力をしています。

大変な活動なのですよ。

でも、何とか助けたいという思いは同じなので、本物の人たちは残っていきます。

そんな人たちのハートはそれこそ宝石のような輝きです。

ボロを着て(動物ボランティアはみんな貧乏です)、髪振り乱して、動物と格闘し、休みなく体を使って働いている仲間たち。

遅くまで事務仕事につきあってくれるピカピカの人たち。

動物を譲渡会や病院へ運んでくれる人たち。

システムを変えようと闘っている勇気ある人たち。

時間やお金に余裕があってやっているわけではありません。

ぎりぎりの時間を使って、家族の無理解に苦しみながらも何とか活動しているのです。

私たちはいつも、交通費も自腹、いつも手弁当で、それぞれの保護活動を自分の責任で行い、自分の働いたお金で自分の保護犬猫のフードを買ったり医療費を出して、活動をしています。

簡単なことではありません。

だから、やる人も多くありません。

続く人はわずかです。

でも、人なのです。

人手、お金、場所があれば、助けられる動物は増えるでしょう。

でも、まずはとにかく人手なのです。

人手があれば、福祉も向上します。

大きくなくていいから

小さな規模のシェルターが日本にいくつもできればいい。

そこが動物愛護の核となっていかれれば。

一部の民間人だけでなく、いつか国をあげて保護シェルターの運営が実現しますように。

犬猫のあずかり依頼がくるたびに、苦しい思いをしています。

私たちだけでなく、全国で頑張っている団体さんや個人ボラさんの願い:

公的な保護シェルターの実現!

02:34

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