いわきには秘湯の宿があり、映画「フラガール」の舞台があり、常磐ハワイアン、アクアマリンがあります。
過度な華々しさとは疎遠の、あの土地の静かでひなびた感じが好きな方もきっと多いはず。
そのいわきから、たくさんの方がつくばに避難されています。
あまり話題にのぼらない茨城の県北はどうなっているのだろう。
いわきに接した茨城県の海岸沿いでも、津波や地震による被害は相当激しかったようです。
小さいけれど活気のある漁港。野口雨情記念館。松林。灯台。
理想をかかげた天心と、彼に続く若い芸術家たちの創作の地となった北茨城。
六角堂の見える入り江で磯遊びをした夏を思いました。
(六角堂は天心の思想の象徴であり結晶、あの小さくても比類なく完璧な空間が、激しい波にさらわれて消えていったという話を聞いて、これ以上六角堂にふさわしい劇的な終わり方はなかったろうと思いました。)
残念ながら県北についてあまり情報が入ってきません。
県に問い合わせの電話をしましたら、現地での動物に関する救援要請も要望もなく、落ち着いているとのこと。
いわきまで常磐道が開通したので、とにかくカンパと物資を運んで情報を得ようとガソリンを入れ、物資を調達することにしました。

~平林さんとつくば青年会議所の皆さん~ ~助手席まで物資を積んで出発~
「被災地に行くならぜひ持っていってほしい」と平林由美子さんに声をかけられて、前日に国際会議場に立ち寄ると、つくば市青年会議所の皆さんが非常用のお水の箱とおやつを準備して下さっていました。しっかり被災者にお届けします。
捨猫防止会の多摩市の鈴木文子さんからは猫の缶詰6ケースを頂きました。
「被災者の動物に使ってほしい」と。これも必要なところに運びますね。
捨猫防止会東久留米のとんさんからは、少し前に私たち人間用のフード(スパゲッティやとろろこんぶ、カップ麺、カップスープ、おかし)が送られてきました。
つくばは物流も順調に落ち着いてきましたので、これをいわき・北茨城にまわすことにしました。(とんさんの了承を得ました。)
3月31日朝、いわき勿来を目指して常磐道にのりました。
水戸を出たあたりで道路工事のため少し渋滞しましたが、あとは道もすいていて、順調にいわきまで走りました。インターを下りたら空がくもって雨がぽつりぽつり降ってきました。
が、そのうち激しく降り出しました。

6号国道は海岸沿い。もしも地震が起きて津波に襲われたら...、と冷やっとします。がそのときはそのとき、か。
ガソリンスタンドには「営業終了」の看板が目立ちます。
コンビニに入ると、陳列棚の3分の1にしか商品がありませんでした。
いわきではまだ断水が続いているようです。避難所に物資をお渡しし、気になる北茨城へ向かいました。
平潟漁港、大津港は壊滅的でした。
海沿いの民家は倒壊しているものや浸水したものが多く、津波の威力を思い知らされます。
波に運ばれ打ち寄せられたゴミや木材がそこかしこに積み上げられて。
黙々と、半壊した民家のなかで撤去作業をする老人の姿がありました。
つらくて写真を撮ることができませんでした。
避難所の平潟小学校では、二宮金次郎の像も地震で壊れていました。


大津中学校の避難所にいらした犬連れの方に、ペットフードなどの物資をお渡ししました。
また、つくば青年会議所の皆さんからのお団子のおやつ、お菓子もここにお届けしました。
「朝と晩におにぎり1個ずつしか配られないのでありがたい」と被災者の方に喜ばれました。

野犬や捨て猫は見かけず、いざというときの保護のために持っていったケージやリードは使わずに持ち帰ることとなりました。
北茨城市役所の方ともお話しましたら、水は出るようになり、かなり落ち着いてきたのでもう大丈夫ですとのことでした。
* * * * * * *
ただ、行政に現場の声はちゃんと届いているのだろうか。
野良猫問題をちょっとだけやってきて、SOSを出している人と、サポートをしたい人とがつながる難しさを実感しています。
住民の声がないからニーズがないのではないはず。
住民の側は、行政にSOSの声を出しても一度断られた、何もしてもらえなかったという経験から、行政に相談することをあきらめてしまっているのです。
「声・要望がないので、うちの市は問題がありません」の背景に、未解決のまま放置された問題が山積みになっています。
そうした相談は民間ボランティアに流れてきます。
町内会や地区では、長年の課題であり悩みであり続けているのです。
声を拾おうとすればいくらでも拾えるはずです。
ただ、そこには顔のみえる個人と個人のつながりが必要なんだろうと思います。
「どこどこの家はこんな家族構成で、老人がいて、子どもがいて、動物がいる、
こんな持病を持っていてかかりつけの医者は誰々先生であり、いまはどこどこに避難している、連絡先はどこどこです」
といった情報は、ご近所づきあいが希薄な地域では難しいでしょうが、町内会や民生員さんならある程度は把握されていることと思います。
そのあたりをhakoさんともお話ししたところです。
(hakoさんは、南相馬の犬猫を助けている方のサポートをされています。詳しくは
D's tsukubaのブログをごらん下さい。)
必要とされるものが必要とする人に行き渡るには、人と人とのネットワークが必要なんだろうと。
「どこどこに置いていかれた犬がいておなかをすかせている」
「あの締め切った家のなかには猫が3匹いるはず」
こうした情報は、人と人のつながりでしかわからないよね、と。
物資を避難所や市役所に届けるために車でさっと町を通りすぎるだけではきっと何もわからないし本当の力になれないだろう、自分の足で歩いて声をかけて人と話さないと、必要な支援は難しいのかもしれません。
2~3人でいいので、核になる人たちが地域ごとにいれば、その人を軸にしてほんとうに届く支援ができるのかもしれません。
日頃から、同志の方を探し、助け合いのネットワークを張り巡らせることが大切なのだろうと思いました。